ヘソで茶をわかす

日本のへそ、諏訪湖畔に住む小市民の日々の記録

ミニマリストと言うわけでもないが、TVのない生活はストレスがなくて良いですよと薦めたい

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最近、「ミニマリスト」っての流行ですよね。「持たない生活」ってやつ。少し前は「ライフハック」なる言葉が流行っていましたが、似たようなもんでしょうか。なんだかその手のブログを読むと何とも言えない既視感があります。あ、別にバカにしてるわけではないですよ。結局、似たようなものが流行るんだなぁって言いたいだけです。

さて、今日は私もそんな話。ただし、私は特段ミニマリスト的な生活をしているわけではありません。どちらかと言えば「捨てられない人」です。「そんな私でもこれは無くても問題なく生活できています。」って話。

実は私はTVと言うものを持っていません。捨てちゃいました。忘れもしません。2011.3.11に発生した東北大震災の直後に捨てました。スマホiphoneなのでワンセグも見れないです。ですから震災以来、自宅でTVを見るということはありません。ラーメン屋やら病院の待合室やらで受動的に見る程度です。

そもそもどうしてテレビを捨てたのか

私の母は宮城県出身です。親戚も多くは宮城県内の女川や石巻近辺に住んでいます。そのため、震災は他人ごとではなかったわけです。連絡の取れない身内も多いなか、テレビからは絶望的な映像ばかりが無配慮に流しだされる。また、当時の私の精神状況のせいか、レポーターが嬉々としてコメントしているようも見えました。

「これは精神衛生上良くないぞ。」そう思って直ぐにテレビを業者に引き取ってもらいました。最後に見たのは「ポポポポーン」のCMです。それが、確か3月13日のことです。

テレビなしで困らないの?

よく「それで困らない?」と聞かれますが、不便と感じたことはありません。最近はネットで情報を集められますし、事務仕事のときはラジオを聴きながらなので、必要な情報は確保できています。芸能ネタなどの流行には完全において行かれますが、そもそも興味がありませんし、これはTVがあっても私の場合同じです。

あ、でも、鉄腕ダッシュが見れなくなったのはチョッと寂しかったです。

逆に良かったことは?

テレビを捨てて一番最初に思ったことは「一日が長い」ということです。テレビってのは何となくスイッチを入れ、何となくチャンネルを回し、何となく視聴し、何となく時間を奪われます。どれだけ無駄にテレビを見ていたのかと思い知らされるほど、有効に使える時間が増えました。

また、ニュースなどでもアホなコメンテーターの話を聞かずに済みますからストレスもたまりません。芸能人らの作り出す「流行」という言葉に踊られることも、識者と称する怪しげな連中の「常識」という空気に脅迫されることも、一般人とかいう、特定の集団の語る「街の声」とかいう風に翻弄されることもありません。何を選ぶか、何をするか、どう感じるか、すべてが能動的になります。

それからNHKに料金徴収されなくなります。ハガキ一枚、もしくは電話一本で料金徴収は止められます。もっとも、その後、NHKから業務委託された者が自宅に徴収しに来ましたし、「テレビがない」と言っても信用せずに、だいぶ脅迫的なことを言われもしましたが、ないという事実がわかったのかNHKに苦情を入れたのが効いたのか今は来ません。(この辺もそのうち書こうかな。)おかげで微々たる加増ではありますが、可処分所得も増えました。

テレビを捨てると自由になれる。そんな気がしています。

むしろ聞きたい。テレビって必要か?

テレビ、面白いですか? あ、もしかしたら今は面白いのかもしれないね。

でも、私が捨てた頃、テレビってクソつまらなかった(ただし鉄腕ダッシュを除く)。番組がどれもこれも安っぽかった。金がかかるのはダメだったのかなぁ、面白くてもすぐに打ち切られ、人気になるのは芸能人がなんか喰ってるか、内輪の話をするトーク番組か、スポンサーをよいしょするだけの番組か… ニュースも偏ったコメンテーターばかりで見ていて不快だったしなぁ。

最近のは面白いですか?

 

特に目的がないなら捨てちゃっても良くないですか? ためしに1ヶ月テレビ使わない生活してみてはどうでしょう。ほんと、一日が長くなりますよ。