ヘソで茶をわかす

日本のへそ、諏訪湖畔に住む小市民の日々の記録

ゴールド聖闘士と呼ぶことにした

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今週、市内の各中学で今年度最後の定期テストがあったため、先々週あたりからテスト対策やら自習に来る生徒らの世話やらで大忙しでした。そんな忙しい日々も今日で終わり。来週は多少のんびりとできそうです。

さて、そんなテスト期間中の学習塾では当然ですが、「450以上とる」とか「クラスで何位以内になる」とか目標を語り合う生徒らがいるわけです。そんな中に、やっぱりいるわけです。

学年1位になる

こう、力強く宣言してくれる生徒が。今日はそんな学年一位について。

各校に3人しかいない学年一位

当たり前ですが、学年一位をとれるのは各学年で1人、各校では3人しかいないわけです。諏訪市内には中学が4校ありますので、諏訪には学年1位が12人いるわけです。

12人。別にこのあたりの業界的にそういわれているとか、そういうことではないのですが、世代的に、この人数を目にするとこう思ってしまうのです。「かれらこそゴールド聖闘士」と。

ゴールド聖闘士の在籍しない塾の方が多い

こんな田舎でも学習塾の数って結構な数ありますので、ゴールド聖闘士の在籍しない塾の方が多いわけです。加えて、学力試験をパスできないと入塾できないような、成績の良い子ばかりが在籍する大手・準大手の進学塾も存在するので、小さな塾ではゴールド聖闘士が在籍することはまれです。

ウチも残念ながら現在は0名です。しかし、元ゴールド聖闘士が1名おり、その栄誉に返り咲きたいと頑張っています。また、彼に触発され自分こそが新しいゴールド聖闘士になると燃えている生徒もいます。

相対評価ではあるが

学校によって多少学力にも差がありますから、○○中の1位と××中の5位では後者の方が実力は上なんてことは良くあることです。黄金蟹が青銅龍に負けるようなものです。

しかし、それでも私は学年1位というのは非常に意味のあることだと思います。

入試は何点以上で合格という絶対評価ではなく、何位以内で合格という相対評価になるからです。実力を高めていくことはもちろん重要ですが、同時に勝負事ですから、如何に敵に勝つかも大事なことです。

そういったテストの受け方、勝負の仕方も理解しているからこその学年1位だとおもうのです。

テストの返却

日程がはやい学校ではテストの返却が始まりました。「今のところ400は行きそうです。」とか「英語が過去最高です。」とか、そんな話が飛び交っていたわけですが、どうも、ひとり、新たにゴールド聖闘士が誕生しそうです。

前回は2位に泣き、次こそはと燃えていた生徒が、前回一位の子を上回りそうな様子で、興奮しながら教室に飛び込んできました。まだ返却されていない科目もあるそうですが、厳しめの自己採点でも480点は超えそうということで、トップはほぼ間違いないとのことです。

「やったじゃねぇ~か。毎日自習に来たかいがあったな。」そんな話をしていると、別の学校に通う生徒の母親から電話があり、「今日の試験バッチリだったらしくて、興奮しすぎて煩くて仕方が無いので、一言言ってやってください。」とのこと。

こちらは元ゴールド聖闘士の生徒。苦手の国語がバッチリだったらしいです。ただ、人は得意で失敗するものです。そのことを伝え、もう一日しっかりとテストを受けてくるよう伝えました。

睡眠時間と休日を犠牲にしたかいがあった

別にそこまでやる必要もなかったのだろうけど、中学生の頑張る姿ってのは何か心打つものがあるんですよね。本気で応援してやりたくなるのです。

本来休日の日曜日も朝から教室を開き自習生を受け入れ、過去の各中学のテストから出題を予想してテキストを作成したり、だいぶ忙しく働きましたがそのかいがありました。

ゴールド聖闘士になりそうな2人はもちろん、他の生徒も割と早い時期からテスト対策をしていたので、良い結果になりそうな生徒が多いです。

頑張れたことが何よりも収穫

順位が上がった。点数が上がった。それはそれで嬉しいことですし、生徒らを褒めてあげたいです。でも、それ以上にテストに向けて頑張れたことが収穫だと思います。

そりゃ、商売でやっていますし、親御さんからも成績向上を期待されているのでしょうから、点数や順位をどうでも良いとまでは言いませんが、言いませんが、言いたい気分です。

あれはあくまでもその時の結果であって、一喜一憂するべきものじゃないと思うんです。そんなものより、勉強を頑張れたって事実の方が数倍も意味があると思うんです。

努力できるのも才能だという人がいますけど、彼らは努力できたし、努力すれば結果がついてくることを体験できました。この経験をこれからの糧にしてもらいたいものです。

では、また。